艦これSS「ある夏の日に」
―――甘味処間宮 鈴谷・熊野席
「お、美味しいですわ!美味ですわっ!」
熊野は叫んだ。もう一口食べて、また叫んだ。
食べているのはキウイを贅沢に使ったタルトだ。
クリームとクッキーの甘味がキウイの酸味と混ざり合い、なんともいえない味わいを醸し出している。
「おーい、熊野ー。語彙力、低下してるよー」
「よ、余計な修飾は不要と判断しただけでしてよ!そういう鈴谷はどうなんですの!」
「ん、めっちゃ美味しいと思うけど?」
「私と同じじゃない!」
「だって、他に言い様がないし。あ、一個いただき」
鈴谷は二人で頼んだマンゴーワッフルから一番大きなマンゴーをひょいっと取った。
「ちょっ、それは私が狙っていた奴ですわ!」
「えー、他にもあるんだから、良いじゃん、別に」
意に介した様子もなくマンゴーに舌鼓を打つ鈴谷。
小さく唸りつつ、熊野も負けじと別のマンゴーを自分の口に押し込んだ。
―――同店 天龍・龍田席
(なんだ、これ……う、うますぎる……舌に甘みが染みわたってきやがる……!)
今まで見たこともない程、ふんだんに白桃を使ったパフェ。
盛られた一切れを恐る恐る頬張った天龍は予想外の味わいに戸惑いを隠せなかった。
いや、衝撃という言葉ですら生ぬるい。甘いとか、美味しいとかそういうレベルじゃない。
もう一口。いや、もう一口。駄目だ。止められねえ。もう一口。
気が付けばパフェは半分無くなっていた。
それから、対面の龍田がにこにこと笑みを浮かべて、自分を見つめているのにも気づいた。
「……なんだよ」
「ふふふ、随分、お気にめしたみたいね、天龍ちゃん?」
「べ、べつにそんなことねーよ。甘過ぎてオレには合わねえなと思ってただけだ」
「あら、そう?なら、私が残り、もらっちゃおうかしら~」
「な、ばか!ダメに決まってるだろ、これはオレのだ!」
思わず声を上げてしまい、天龍は舌打ちした。
「くそっ、龍田、お前」
「ふふふ、天龍ちゃん、可愛い~」
毒づく天龍を尻目に、龍田ははむっと自分の皿の桃を口に含んだ。
「好評みたいだな」
店の奥から艦娘達の様子を眺めていた提督が言うと、間宮は嬉しそうに頷いた。
「全員分、確保できてるんだよな」
「それは大丈夫です。でもよろしかったんですか、提督。その、こんなに贅沢をしてしまって」
「うん?構わん。上からは許可を取ってある。残暑見舞いで押し通した」
「あらまあ」
「あいつらには長期休暇も与えてやれん。食事ぐらい美味いものを腹いっぱい食わせてやりたいからな」
「お優しいんですね、提督は」
「さあ、どうかな」
提督は皮肉げに笑みを浮かべた。
「あいつらのことを心配しているのは俺だけじゃない。上だってそう思ってるさ。
それでもあいつらに働いて貰わないとどうにもならんのが現実だ」
「それは、戦争ですから」
「ああ、そうだな」
束の間、沈黙が流れた。
「伊良子ちゃん」
「はい、なんですか、間宮さん」
店の奥から伊良子が顔を出した。
「桃パフェの材料、まだ余ってたわよね?それ、提督にお出しして」
「いや、俺は」
「駄目ですよ。残暑見舞いは全員にいきわたるように、とのお達しだったじゃないですか。
提督も大切な私達の仲間です」
「仲間、か」
提督は苦笑を浮かべて頷いた。
伊良子に案内されたのは隅の席だった。
窓のすぐそばで、簾が吊るされていてそれほど日差しもきつくない。
机に頬杖を突きながら、提督は店内の様子をぼんやりと眺めた。
駆逐艦もいれば、戦艦級の娘もいる。各々、愉しそうに休みを満喫している。
―――こういう時があってもいい。癒しと呼べる時が。
国の為だ何だと言っても、自分に無理を課したまま生き続けることなどできはしないのだから。
「どうぞ、提督」
伊良子が緊張した面持ちで、パフェを並べる。その様子がおかしくて、思わず口元が緩んだ。
「ありがとう、伊良子」
提督は大ぶりの桃をすくい、口に含んだ。
ほのかにひんやりとしていて、その癖、蕩けるように甘い。
穏やかな昼下がり。
いつもの昼食よりもゆっくりと味わうように、提督は桃の味を楽しんだ。